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バラカン こんにちは。ピーター・バラカンと申します。(拍手)
テレビやラジオの仕事をしていると,いろいろと取材を受けることがあるのですが,いつも闻かれる质问があるんです。これは,そもそもなぜ日本に兴味を持ったかということです。仆は日本语をロンドン大学で18歳から勉强していたのですが,なぜ日本に兴味を持ったかというのは,それは正当な质问だと思うんですが,仆の场合は特に兴味を持っていたわけではなくて,非常に不纯な动机から大学に入った人间なんです。18歳で就职したくないという気持ちがまずあって,その代わりに何をすればいいかというと,大学に入るぐらいしかないんです。当时のイギリスでは,授业料を払わなくても,よほどの金持ちの家庭でなければただで大学に行けたので,特に罪悪感もなかったんですが,では大学で何を学ぶかというのはかなり悩んだものです。11歳から学校でラテン语と古代ギリシャ语をずっとやっていて,これは好きだったんです。普通の子供はまず嫌うものなんですが,あんなしち面倒くさいものなのに,なぜか私は非常に好きで,必修でやるのは15歳までだったかな,その后あえて高校でほとんど専门的にそれを勉强する道を选んだんです。でも,大学となると,それを勉强し続けるのはちょっと気が引けるなと思いました。私の场合は父亲がポーランド人で,母亲はイギリス生まれで,イギリスとビルマ――最近はミャンマーと言いますが,そのハーフなんです。ではポーランド语を学ぶかとか,ビルマ语を学ぶかとか,いろいろなことを考えたんですが,そうじゃないな,でも,言语というか,语学には兴味があるから,何かそういうものがいいなと思って,そうこうしている内にやりたくないものばかり排除していって残ったのが日本语というのはちょっと単纯过ぎる话なんですけれども,それに近いものがありました。余り突っ込んでこういう话ばかりすると,すぐに时间がたってしまいますね。
2年生になって,今のSOASの2年生たちはみんな日本に来て1年间日本で过ごしますが,仆らのときはまだその制度が确立されていなくて,希望者が日本に行けたのですけれども,自费ですから,1人もいなかったな。だれもそんなお金は持っていないですから。2年生のときは,初めて日本人が书いたテキストが出てくるんです。これは文库本で,今はもう出ていないかもしれませんけれども,「日本人の生き方」という本だったんです。これはもちろんノンフィクション*2の本なんですが,仆らにはとてもそうは思えないような,「えっ,日本人てこんな生活しているの」というところがいっぱいあって,日本に来たこともない,日本人と大学以外ではつき合ったことがないようなイギリスの若者にとっては,かなり不思议な本でした。(笑)これをほとんど1年かけてクラスで翻訳していくんです。それと同时にもう一つ,史上最もつまらない本を読まされました。これは,英语で「A Topical History of Japan」という本でしたが,日本语で书いてあって,文章の组み方というか,书き方が非常にアカデミック*3でドライ*4なもので,学生にとって极めておもしろくない本でした。确かに,日本の歴史で知らなければならないようなことがいっぱい书いてあるんですが,余りにも书き方がつまらないので,とても入ってこないんです。これは义务だから授业の中で訳していくのですが,読んだ途端に记忆から消えていくというものでした。皆さんも恐らく,违った内容の本でもそういうタイプ*5の本に出くわしたことは十分あるでしょう。2年生のときは大体それに终始しました。
いよいよ3年生になると,ちゃんとした本が出てくるんです。毎年変わるんですけれども,そのころは1年かけて小说を1册読むことになっていたんです。仆らのときは森鴎外の短いものが二つ,「高瀬舟」と「山椒太夫」の2册を1年かけて授业でも少しずつ翻訳しながらやっていくんです。毎日宿题でその次の日の授业の何ページ分ぐらいというのが大体分かるので,その下読みをして,自分が知らない汉字とか忘れた汉字とかを全部调べて,授业ができるだけ滞らないように准备するぐらいのことはやっていたんです。それとは别に,もう一つの大きな授业は日本の高校生が使う教科书で古文も勉强します。それは确か上下2册あったと思うんです。恐らく皆さんが高校生のときに使っていらっしゃったものだから何も说明しなくてもいいと思うんですが,この古文の文章が余りにも难し过ぎて,上の方に书いてある现代の日本语の注釈がすごく简単に见えたんです。それで,思っていたより上达したものだなと初めて思いました。万叶集からだんだん进めていって,すべてを読んだわけではなくて,飞ばしたところがあったと思うんですが,一番难しかったのは,仆の场合,井原西鹤がほとんど暗号のようにしか思えなかったのを覚えています。大学のライブラリーからそれの英语訳を出して,まず英语の方を见て,それで教科书の日本语を见て,「これがなぜこうなるの??」という経験も多少ありましたが,何とか无事に,それも大体1年ぐらいで読んでいったのかな。
あとは,汉文の授业までやったんですが,これはほとんど意味がない。大学を出た后に汉文を见たことは1度もないし,(笑)见たとしても読み方は分からないし,大体多くの日本人も同じように感じるんじゃないかと思うんですが,今でも汉文をやっているかしら。日本语学科ですから一応やらざるを得ないのかもしれませんけれども,あえて何かをカット*1するとしたら,あれはカットしてもいいと思いました。むしろそれよりも,3年生,4年生のときはオプション*2科目で几つか采れるんですけれども,Classical Chineseというオプションもあって,これは読み方は一切覚えないんですが,唐の时代でしょうか,中国のおもしろい小话が书いてある本なんです。例えば「矛盾」の话だとか,「蛇足」の话だとか,多分皆さん御存じだと思いますが,そういうのは,読み方は分からなくても,中国语の语顺は英语にすごく似ているから,割と简単に読めてしまうんです。汉文なんかよりもそっちの方がよっぽど话の内容もおもしろかったし,読みやすかったし,あれは非常に兴味深いものがありました。
バラカン 言叶の変化。そうですね,大分変わってきました。よく,言语は生き物だと言う人がいるんです。确かにそれはそのとおり,これは否定できないことです。もちろん言叶は変わるものなんですが,最近の日本语の変わり方は,仆も年をとった证拠にすぎないかもしれませんけれども,おっしゃるとおり,叹かわしいものがあると思います。难しい问题だな。ただ,
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叹かわしいと思っていても,それはこのように変わっているという现実を否定することはできませんから,少なくとも教育の现场では,例えば「ら」抜き言叶を许さないとか,そういうことはあってもいいと思う。でも,教育现场よりも,これはマスメディア*1がいけないと思うんです。言叶の良くない変化だとか,あるいはいい加减な言叶が使われるようになったのは,ほとんど広告からだと思うんです。だから,広告代理店にもうちょっと责任ある态度をとってもらいたいです。本当に悪过ぎますね。外来语は仆なんかは特に意识するかもしれませんけれども,英语などでは存在もしないのに,日本人が平気で使う言叶がたくさんあるんです。それを指摘すると,「いや,言叶は生き物だ。それは英语じゃなくて日本语なんだ」とへ理屈を言う人がいるんです。だから,日本语だったら日本で使っていても构わないんだけれども,海外に行ってもそれを英语だと勘违いして使おうとすると谁も分からないケース*2がいっぱいあるわけですから,これは良くないと思います。でも,日本语そのものも本当に随分変わってきていますね。最近の若者のはやり言叶は仆も分かりません,はっきり言って。つい昨日かな,资料として文化庁からいただきました「美しい日本语のすすめ」の前书きのところで,最近の若者が使っている言叶で「おにむかつく」というのがあって,12歳の娘に「この言叶知っているか」と闻いたら彼女も知らなかったんです。叹いてもきりがないんですが,ただやっぱりマスメディアの无责任でいいかげんなことはもっと正すべきだと思います。今度マスメディアの人権侵害あたりの行き过ぎを监视する机関ができたようですから,そういうことだけじゃなくて,言叶遣いやその辺のことももっとちゃんと言うべきことを言えば,少しは良くなるかな。希望的感想かもしれませんけれども。
ほかに。はい,后ろの方。
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司会(桥本) そろそろお时间なんですが……。
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バラカン 时间をオーバー*2してしまった。ごめんなさいね。
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すみません。まだまだ伺いたいお话はあるのですが,御质问の方はこのあたりでよろしいでしょうか。
ピーター・バラカンさん,どうもありがとうございました。(拍手)
ピーター・バラカンさんはいろいろ音楽番组を持っていらっしゃるのですが,闻くところによりますと番组の选曲とか企画とかを自分でいろいろ考えて工夫されて番组をつくられているというお话を伺ったんですけれども,今日のお话もそういうピーター・バラカンさんの人柄がよくあらわれていたような感じを受けました。
それでは,今日と明日の日本语教育大会の日程につきまして简単に御说明させていただきたいと思います。この后,「私たちの日本语习得奋闘记」というテーマで,第2言语として日本语を习得された方々に御登坛いただきまして,日本语を习得された际にいろいろ御苦労されたお话,あるいはそれをどのように克服されたか,そういう体験谈を座谈会形式でお话しいただきたいと思っています。その后,第2部といたしまして,「日本语教育に携わる者が留意すべきことは何か」というテーマで,3时45分ぐらいを目途にしてパネルディスカッションを行いたいと思います。こちらの方は,座谈会で体験的なお话をいただいた内容をいろいろな领域の専门家の先生方に分析していただいて,どういう点に注意すべきか,専门的,学问的な観点から分析していただくという目的で考えております。本日の终了予定は午后5时30分ということになっております。それから,明日の日程でございますが,明日は午前10时からこの部屋で地域日本语教育シンポジウムを开催いたします。こちらは,社団法人国际日本语普及协会に委嘱しております地域日本语教育の推进事业の一环としてシンポジウムを行う予定となっております。今回は,一般の地域住民の方々も视野に入れました日本语支援のさらなる広がりについて考えてみたいと思っております。
それから,明日の午后は,日本语教育研究协议会を分科会に分かれて行います。こちらの方は事前に出席のお申し込みが必要になっております。お申し込みいただいた方が対象ということで,御出席いただきたいと思います。御希望いただきました分科会の方にすべての方が入れますので,よろしくお愿いいたします。
最后に1点,アンケート用纸をお配りしておりますが,恐缩ですが,御协力をお愿いしたいと思います。会场の入り口に回収箱を置いておりますので,そちらの方にアンケート用纸を御记入の上入れていただければと思います。
それでは,座谈会の准备が整ったようです。これからの进行を文化庁国语课の日本语教育调査官の野山にお愿いしたいと思います。それでは,よろしくお愿いします。
再给你这个简单点的吧
1.大学の生活 (だいがくの せいかつ)
李さんは毎朝、六时に起きます。朝、よく运动场へ行きます。运动场でバスケットボールやラジオ体操などをします。それから日本语の朗読をします。李さん毎朝、七时半ごろ学生の食堂で朝ご饭を食べます。朝ご饭は、うどんや肉まんじゅうを食べます。彼はあまりパンを食べません。そして、七时四十分ごろ自転车で教室へ行きます。
李さんは毎晩、七时から九时半まで勉强します。十时ごろ寮へ帰ります。大学から寮まで十分ぐらいかかります。十时半ごろ寝ます。大学の生活はとても忙しいです。しかし、たいへん楽しいです。
译文:
大学生活
小李每天早上六点钟起床。早上一般到运动场去。在运动场打篮球或者做体操,然后朗读日语。小李每天早上七点半左右在学生食堂吃早饭。早饭吃乌冬面、肉包子。他基本上不吃面包,然后,七点四十分左右骑自行车去教室。
小李每天晚上从七点到九点半学习。十点左右回宿舍。从学校到宿舍大概要花十分钟。十点半左右睡觉。大学的生活非常忙,但是,非常快乐。
梦を叶える―今考えている『梦』と『现実』について―
『私は将来、なりたものはあるのか』そんなことを寻ねられて『うん、あるよ』と平然と答えられるような梦を、正直言うと私は持ってはいない。梦を持っていたとしても、きっと家族や身近にいる人间にも影响、迷惑、负担をかけてしまう可能性があるからである。おそらく、という私が推测する上では、梦のことを打ち明けたとしても家族は反対するだろう。
その梦のひとつが、『小说家』。
このメビウスリングというサイトでも、私は小说を连载している。正直言うと文章构成などはかなり得意分野でもあるし、その勉强にはかなり力を入れている。自分が今、何よりもなりたい职业――梦。
だがそれを现実的に考えてみると、小说家という职业は売れて生活できるものである。普通のサラリーマンとは訳が违う。本业としても売れなければ、必ず家族のほうに私の生活费を负担させてしまうだろう。私の家族は七人。祖母と祖父、両亲に二人の姉がいる。将来のことを考えてみれば、きっと姉は二人ともどこかで一人暮らしたり、新たな家族を持つことになるだろう。そうなれば、何よりも両亲に负担がかかるのだ。 来自: www.YOUthEME.CN 优习网
それが、怖かった。
今までずっとわがままを闻いてくれていた両亲に、大人になってまでも负担をかけるなど…。
だが私はずっと、この梦をあきらめたことはない。
我的提纲:我的学习生活
一直以来我都很喜欢日本文化,优美的歌曲,有趣的动漫。今年我如愿的来到XX学习日语,我想我已经实现了梦想的第一步。这里不同于我四季如春的故乡,多了些北国的特有的四季分明。
我喜欢现在的学习生活,每天早上都会感觉充满活力,一天下来很多东西进入脑海里,尽管有时它们有点难,但是每一天充实而又满足,看着自己从完全不懂日语到现在能基本看懂一些简单的日语,心中常常会很欣喜,但是我也告戒自己不要骄傲,学习的路还很长,加油!
在这里,我要谢谢我辛苦的老师,是您一遍又一遍的带着我们大声领读,一次又一次的解释语法,还有我可爱的同学,常常给予很大的鼓励,这些都是我学习的力量。
最后我想说,大家一起努力吧!让我们学好日语,让自己的梦更圆满!